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秋田地方裁判所 昭和49年(ワ)166号 判決

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金五五万九、〇九七円およびこれに対する昭和四九年八月一三日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  訴外株式会社秋田科学(以下「秋田科学」という)は、昭和四七年七月四日、秋田地方裁判所において破産の宣告を受け、同日原告が破産管財人に選任された。

2  昭和四七年五月二六日現在において、秋田科学は被告に対し別段預金として金一二万六、四六一円を預け入れていた。

3  その他同年六月一七日までの間に、秋田科学は被告に対し、合計金四三万二、六三六円を預金した(秋田科学の取引先から前記別段預金に払込まれた)。

よつて、原告は被告に対し、右合計金五五万九、〇九七円およびこれに対する本件訴状が被告に送達された日の翌日である昭和四九年八月一三日から支払ずみまで商事法定利率による年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

全部認める。

三  抗弁

1(イ)  被告は秋田科学に対し、昭和四七年五月二六日現在において次の債権を有していた。

割引手形買戻請求権  金四一万三、一五五円

手形金額  四〇万五、〇〇〇円

満期    昭和四七年四月五日

振出人   株式会社秋田山波

遅延損害金 八、一五五円(年一割五分)

(ロ) 被告は、同年五月二六日、秋田科学に対し、右債権をもつて、秋田科学の被告に対する別段預金債権金一二万六、四六一円と対当額で相殺する旨の意思表示をした。

2(イ)  被告は秋田科学に対し、同年六月一七日現在において次の債権を有していた。

手形貸付金 金三八万〇、七八一円

金額    三七万七、〇六三円(ただし、手形金額三〇〇万円の内金)

満期    昭和四七年四月一日

振出人   秋田科学

受取人   被告

遅延損害金 三、七一八円

(ロ) 被告は、同年六月一七日、秋田科学に対し、右債権をもつて、秋田科学の被告に対する別段預金債権金三八万〇、七八一円と対当額で相殺する旨の意思表示をした。

(ハ)  被告は、同月一九日、秋田科学から支払の委託を受けて、秋田科学の別段預金から一万六、八〇四円を訴外秋田県信用保証協会に対して支払をした。

(ニ)  被告は、同日、秋田科学に対し、別段預金の残額金三万五、〇五一円の支払をした。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1は認める。

2  同2のうち、(イ)は認め、(ロ)、(ハ)、(ニ)は否認する。相殺された債権額は金四三万二、六三六円である。

五  再抗弁

1  秋田科学は、昭和四七年一月三一日第一回目の、同年二月一〇日第二回目の手形の不渡を出して支払の停止をした。

2(イ)  被告が同年五月二六日相殺に供した秋田科学の被告に対する別段預金債権は、被告において、秋田科学の支払の停止を知つて、それまで秋田科学と結んでいた当座勘定取引契約を解約し、右当座預金の残高を新たに別段預金としたものである。

(ロ) 被告が同年六月一七日相殺に供した秋田科学の被告に対する別段預金は、被告が秋田科学の支払の停止を知つた後である同年二月一九日から同年三月二五日までの間に、秋田科学の取引先から被告に払込まれたものである。

(ハ)  よつて、被告が相殺に供した秋田科学の被告に対する別段預金は、いずれも破産法一〇四条二号本文の「破産債権者ガ支払ノ停止アリタルコトヲ知リテ破産者ニ対シテ」負担した債務であるから、被告のした相殺は無効である。

六  再抗弁に対する認否

1  再抗弁1は認める。ただし、秋田科学の支払停止の日は昭和四七年二月一五日である。

2  同2の(イ)は認める。これは、被告と秋田科学との間の当座預金が別段預金とされたものであるから、支払停止前に生じた債務の負担である。同2の(ロ)は認める。

七  再々抗弁

1  被告が昭和四七年六月一七日に相殺に供した秋田科学の別段預金は、秋田科学と被告との間に支払停止前に成立していた当座勘定取引契約に基づき、被告が秋田科学の取引先から秋田科学に対する支払として払込を受けたものであるから、支払停止前に生じた原因に基づく債務の負担である。

2(イ)  被告が相殺の用に供した秋田科学に対する反対債権はもともと根抵当権(昭和四四年八月三〇日登記)によつて担保されていたものであるが、被告が本件相殺の意思表示をした後に、被告は、原告から被担保債権の消滅を理由として右担保を抹消するようにとの申し入れを受けて、右根抵当権設定登記を抹消した。

(ロ) これは、原告において、被告に対し、後に相殺禁止を理由として本件請求をしない旨の合意をしたものとみるべきである。

八  再々抗弁に対する認否

1は否認する。2の(イ)は認める。(ロ)は否認する。

第三  証拠(省略)

理由

一  別段預金債権の成立について

請求原因事実については、当事者間に争いがない。

二  昭和四七年五月二六日付相殺について

1  抗弁1については、当事者間に争いがない。

2  成立に争いのない乙第二号証と証人大西宏の証言によれば、秋田科学は遅くとも昭和四七年二月一五日には支払の停止をしたことが認められる。

3  被告が昭和四七年五月二六日相殺に供した秋田科学の被告に対する別段預金債権は、秋田科学の支払の停止を知つた被告が、以前から被告と秋田科学との間に存していた当座勘定取引契約を解約し、右契約の当座預金の残高を別段預金としたものであることは、当事者間に争いがない。

4  原告は、被告が秋田科学の当座預金の残高を別段預金としたことは、支払停止があつたことを知つた後の債務の負担にあたるから、これをもつてする相殺は破産法一〇四条二号本文により禁止されている旨主張するが、成立に争いのない乙第三、第四号証、証人藤村清、同鍋島利照の各証言によれば、右は単に秋田科学が銀行取引停止処分を受けたため、他の預金科目で処理できないものを暫定的に処理するための別段預金として処理したものであることが認められるから、これをもつて支払停止があつたことを知つた後の新たな債務の負担行為とみることはできない。被告のした右相殺は有効といわねばならない。

三  昭和四七年六月一七日付相殺について

1(イ)  抗弁2の(イ)については、当事者間に争いがない。

(ロ) 成立に争いのない甲第一号証、乙第八号証、証人藤村清の証言によれば、抗弁2の(ロ)の被告が昭和四七年六月一七日相殺の意思表示をした別段預金債権は金三八万〇、七八一円であることが認められる。

(ハ)  成立に争いのない甲第一号証、乙第八号証、証人大西宏、同藤村清の各証言によれば、抗弁2の(ハ)および(ニ)の各事実が認められる。

2  被告が昭和四七年六月一七日相殺に供した秋田科学の別段預金は昭和四七年二月一九日から同年三月二五日までの間に、秋田科学の取引先から被告に振込まれたものであることは、当事者間に争いがない。

秋田科学が昭和四七年二月一五日支払を停止したことは前認定のとおりであり、被告が同日その事実を知つたことは、当事者間に争いがない。

3  ところで、再々抗弁1の当座勘定取引契約が解約されたことは前記のとおりであつて、被告が秋田科学の取引先から払込を受けた行為は右当座勘定取引契約上の債務の負担行為とはみられないから、被告のした右相殺は、破産法一〇四条二号本文の場合に該当するものといわねばならず、無効と解すべきである。

4  再々抗弁2の(イ)については、当事者間に争いがない。これによれば、原告が被告に対し、被告が相殺に供した被告の秋田科学に対する債権を担保していた根抵当権の抹消登記を申し入れ、被告がこれに応じたことは、原告において後に相殺の禁止を理由に受働債権を請求しない旨の合意があつたものとみることができる。右認定を動かすに足りる証拠はない。

四  よつて、原告の被告に対する本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

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